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2013-05-30 20:17 | カテゴリ:映画
江頭さんが事情聴取を受けたと知り、なんでそんなことを、またこの時期にしてしまったのか、という思いで怒りに震えています。

せっかく『中学生円山』をなんとか盛り上げて、みんなで応援しようとした矢先にです。
「ぷっすま」で剛君とよく絡んでいる江頭さんだからなおさら、問題は大きくなってしまいます。

現実社会でやったらダメでしょう、公の場で、法に触れることは。
今、そんなことをして、周りにどれだけの迷惑がかかるのかわかっていないのですね。

映画『中学生円山』自体、批難している方たちの意見もわかりますよ。
実際の中学生が、レスリング部の練習中にあんなことしたら、許されるわけないでしょう。
そんなことは、あたりまえです。
でもあれが成立するのは、映画という作品の中での仮想現実だから許されているのです。
絵画の裸体が芸術であるように、映画という芸術作品の中だから描ける仮想現実なのです。

あの映画自体、どこからどこまで妄想で現実なのかわかりにくい作品です。
宮藤監督はそのような映画の世界をねらって作ったのか、
宮藤監督の頭の中からあふれ出したものを
映像化したら、たまたまああなったのかもしれませんが、
映画の中の仮想現実も妄想としか言えないような、
現実にはありえない状況がたくさんありました。

それを、あんなことはありえない、あってはいけないと思う方がたくさんおられるようですね。
私は映画は映画としてクドカンワールドを楽しんでもいいと思ったし、
テーマがあり、作り手の伝えたい思いに共感できれば、映画が全部妄想だったとしても
それはそれで映画として、芸術として価値のあるものだと思います。

女にはなかなかわかりづらいことですが、中学生男子の性欲、妄想ははてしなく、始末に負えないものではないでしょうか。(そのような真面目な告白をなんどか聞いたことがあります。)
日本もかなり昔は、今ほど潔癖思考の世の中ではなかったので、そういう若者のエネルギーも発散できるしくみがあったように思います。歴史や文学に学べば、そのことは明らかです。

でも現代社会で、少年たちのエネルギーは本当に狭苦しい世界、法律、常識の中に押し込められてしまいました。
少年たちは環境によって草食化し、引きこもり、活力に乏しい男子が急増しました。ママゴンたちに飼い慣らされた男子たちは、本来の陽のエネルギー(世の中を変えるほどの爆発的エネルギー)を持つことなく、陰湿ないじめやインターネット犯罪などにかかわっていく負のエネルギーを持つようになることも多いようです。

「英雄色を好む」と昔から言われるように、人間はもっと動物的なものであり、そこに陽の目をあててやらないと男子は本当には解放されないし、活力を取り戻さないし、女性を愛せないし、家族を作れないし、よりよい社会を作ろうとする、エネルギッシュな男になれないと思うのです。

だからって中高生の自由恋愛を奨励する気は全くありません。
私は、中高生は、「フラれるくらいがちょうどいい。」と本気で思っています。
円山君とゆず香がプールでいちゃつき始めたとき、下井が現れて、「中学生がー!!」って言って
ピストルをぶっ放すシーン。私だってああいう場面を見たら、下井と同じように思います。
中学生は妄想して、○○して、勉強や部活に打ち込めー、って思います。
そして、世の中が少しでも良くなるように、役に立つ男になれ、って思います。

私はあの映画は、宮藤監督のそんな思い、突き上げてくる男気が生み出したものなのではないかと思います。
そして、その男気に「YES」と言ったのは、やはり何も言わなくても感覚的にわかっている、男気のある草彅剛だと思います。

江頭さん、本当に酷いです。剛君がどれだけつらくなるか、わかっていますか。

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