FC2ブログ
2021-08-16 17:31 | カテゴリ:未分類
パリで暮らす渋沢篤太夫たちのところに
書簡で日本の政態御変革(大政奉還)のことが
告げられるました。また、鳥羽伏見の戦いでの
慶喜公の振る舞いについても・・・。

民部公子「兄からの直書だ。
日本は内輪で騒動をしている時節ではないゆえ、
やむを得ずこのようにしたとある。」

篤太夫「まことを申せば、全くもって
解せませぬ。政権を朝廷に返されたのなら
なぜ兵を動かしたのですか?
また、戦(いくさ)のご意志があって
兵を動かしたのなら、なぜ
最後まで戦われなかったのか。
この先臆病暗愚と罵られるとわかりながら、
兵を置き去りにし、江戸に戻られたのは
いかなることでございましょう。
汚名を着せられ、追討軍に追われても、
勇敢な家臣とともに戦わず、
かような有様で
神祖300年の御偉業を自ら捨てられ、
東照大権現様になんと
申し開きをなされるおつもりか。」

成一郎「薩摩・長州・土佐の勢いは盛んで
今や上様はどんな勅命でも
甘んじて受け入れると
上野寛永寺で蟄居なされ、
生きるか死ぬかの瀬戸際だ。
しかし、お前が国を離れて以来、
上様が少しでも尊王の大義に
背いたことはない。
俺は上様の汚名をそそぐため、
旗本御家人の同士で同盟を結んだ。
きっと挽回の時は来る。
俺の願いはそれのみだ。」

パリに居て、少ない情報に苛立ち、
義憤を募らせる渋沢篤太夫たちの気持ちを
描いた第24回でした。

一貫して篤太夫たちのの視点で描かれたので、
感情移入しやすく、篤太夫の義憤にも、
成一郎の手紙を読んでの涙にも胸が熱くなりました。
敬愛する慶喜公のことゆえ、さぞかし
抑えきれない熱い感情が渦巻いたことでしょう。

解せない気持ちに憤りながらも、
無二の親友の手紙の中には
やはり敬愛なる慶喜公がおられるのを感じ、
今、生死の境にあるという主君を思う気持ち、
主君の側におらずどうすることもできない気持ち、
悔し涙を止めどなく流す篤太夫の気持ちに
胸が締め付けられるようでした。

それでも、渋沢篤太夫はフランスの地で
自分が探し求めていたソーシャルキャピタル
「社会的資本」という考え方に邂逅し、
「どうなっても日本のために尽くす」という
大志を抱いて帰国することになります。
このような機会を篤太夫に与えてくれたのは
紛れもなく主君である徳川慶喜公です。
自分をふさわしい場所に遣わせてくれた
主君への感謝と敬愛は
生涯変わることはないでしょう。

大志に目覚めた渋沢篤大夫にとって、
公儀によって派遣された留学生たちの態度は
許しがたいものがありました。
公儀は、風前の灯火の状態でありながら、
日本の将来のために多くの留学生を
外国に遣わせていたのです。
その有り難さを知らないでどうする!!!!!

考え方が違いいろいろ遺恨もあった水戸藩士たち。
でも、水戸藩士たちも一途に健気に武骨に
ひたすら国を思ってきたことに変わりはない。
大志に目覚めた渋沢篤太夫にとって
水戸藩士の一途さも愛おしく思えるようになって。

第24回は主役渋沢栄一が大志に目覚める姿を描いた
素晴らしい回になりましたね。
草彅慶喜の登場がなかったので寂しくはありましたが、
渋沢篤太夫はじめ公儀側の人々に感情移入し、
熱くなれたということでとても見応えがありました。
本当に歴史というものは、どの立場でみるかで
こんなにも見え方が違うのだとしみじみ気づかされます。

次回予告に登場した見をやつした慶喜公のお姿。
その一瞬のお姿、佇まいを見るだけで、
高貴で英邁なお方が、
思いもかけぬ状況に翻弄されながらも、
ただひたすらに国の安寧を願ったという
崇高な精神を感じずにはいられません。
臆病暗愚と罵られようとも、
慶喜公が守りたかったものはなんだったのか。
あの佇まいを体現する剛君の役者魂に
やはり震えるような感動を覚えます。

帰国した渋沢栄一が、この謎に迫り、
慶喜公の汚名を晴らすために
尽力することになるのでしょう。
栄一さんの目を通して描く慶喜公を
丁寧に丁寧に見せていただけるだろうと期待して
第25回以降を楽しみに待ちたいです。

でも第25回はなかなか辛い内容になりそうですね。
時代の変わり目に多くの人の思いが錯綜し、
命を落とした人たちもたくさんおられます。

歴史に学び、
今を大切に生きたいと切実に思うばかりです。


管理者のみに表示する

トラックバックURL
→https://keikostudio.info/tb.php/1038-853041df