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2018-05-01 18:39 | カテゴリ:舞台
観劇の感想を書かせていただきますが、
私自身の感覚で捉えたものですので、確証はありません。
少しでもネタバレが嫌な方は読まないでください。

「攻める」ってこういうことだったのか。
暗転からの開幕。暗闇の中心に音もなく浮かび上がる男1。
ヘルメットに小さなナイフ。正面をまっすぐ見据えて立っている。

閉鎖された部屋。ふたりの男の繰り返される日常生活。
最初この劇は若い人が観るべきものなのかと思っていたが、
決してそうではないらしい。
繰り返される日常を飽きるほど送ってきた40代以降の人によくわかる。

仲間。同居人。同士。同志❓
共に生活し、着替え、食べ、飲み、歌い、踊り、鍛え、
シャワーを浴び、眠る。
溢れる音楽で日々をかき消して行く。

そして語る。理想郷「バリーターク」のことを。
そこには村人がたくさんいて、今日の登場人物は誰❓
閉ざされた世界で生き続けるために、
妄想の中に美しい村を浮かび上がらせる。
光、風、木々、小道、川、芝生、村、
楽しい時を、人々の営みを、恋のさや当てを疑似体験する。
男たちは年増で男好きするジョイスドレンチがお好き。

しかし外界から壁を隔てて声が聞こえてくる。
ふたりの男は疑問を抱き始める。
自分たちがいるこの空間は閉ざされた場所ではないかと。
ここに来るまでの記憶は❓
あまりに幼い時にここに来たので定かではない。
微かに残る家族の記憶。
長い間この空間にいるので、蝿も花も実体がない。

男1の発作がひどくなる。閉所恐怖症❓パニック障害❓
男2は男1より年上なので取り乱すことを抑え時々見せる冷めた瞳。
しかし身体は老いていく。ふたりは生活を繰り返すことに、
妄想して過ごすことに、だんだん耐えきれなくなる。

男3の登場。パンフレットには60代の設定とある。
老いを語る。人生を語る。耐えきれなくなった男たちに決断を迫る。
男1と男2はどちらがここを出て12秒の生を生きるか話し合う。

閉ざされた場所に残った男。その壁を切り裂いてやって来たのは。

私はパンフレットを読まずに予備知識なしでラストを見たので、
この最後の登場人物の意味を考えているうちに劇が終わってしまったのだ。

呆然としているうちにカーテンコールが始まった。
考えているぼんやりした頭にお辞儀をしている剛君と松尾さんの姿が。
ああ、劇は終わったのだ。どうしよう、この濃厚な時が終わってしまう。

ごめんね。拍手することも忘れているような私。
舞台の上から呆然としている私の顔を剛君の視線が一瞬通り過ぎた気がした。
「何ぼんやりしているの❓スタンディングオベーションは❓」

必死で拍手をしているぼんやりした私。
「ごめんなさい。お芝居の中に入り込みすぎて、腰が上がりません。
でも、私はこの壮大な物語に飲み込まれたの。
全身全霊の思いをそれこそ全身全霊で感じています。
人生をかけるってこういうことだったのね。
それにしてもこの戦いに参加している人は一体どれだけたくさんなの。
最後に残った男2と彼女は❓」

観劇後、私は初めてパンフレットの中身を見た。
「バリーターク」の作者エンダ・ウォルシュがこの作品を書いたきっかけ。
当時6歳だった娘から「じゃあ、人は死ぬの❓」と聞かれたからだという。
あれがラストシーンなのね。あれが一つの愛の形なのね。
松尾さんがパンフレットの中で最後に『家族』に触れたことにも
つながるような気がしてくる。

「バリーターク」はアイルランドの作家の作品なので、
アイルランドの独立運動が土壌としてあると解説される方もいる。
演出の白井晃さんがNHKの特集の時、インタビューで、
「今の草彅さんを少し投射しているところがある」とおっしゃっているし、
剛君が自分の独立について語っている内容と劇のシーンが重なってくる。

小林勝也さん演じる男3のセリフは人ごととは思えない説得力があって、
「生と老いと死」という万人に通じる人生のテーマが身に迫ってくる。

突然、私ごとですが、私は「演劇」を愛していました。
商業演劇とかではなく「劇的な空間」を五感で味わえるようなものを。
小さい頃からお芝居が好きでした。
高校生の時、県下でも有数の演劇部に入りその世界にのめり込みました。
進路を決める時、
「日大の芸術学部」か「早稲田の芸術学部」に進みたいと願ったけれど、
親が許してくれなくてお金もなくて違う道を進まざるを得なくなりました。
それでも「演劇」への思いは消えることなく、忘れようとしては蘇り。

草彅剛さんを見た時、この方ほど私の理想とする「劇的空間」に
ふさわしい人はいないと思いました。
「劇的空間」とは、何もない空間に身体と動きと声と言葉でイメージを
浮き上がらせて、演者と観客が繋がって行くエキサイティングな場所。
まず、素材としての肉体が、声と表情が自由自在でなくてはなりません。
魂がピュアでなくてはなりません。熱がなくては伝わりません。

3年ぶりの舞台でしたね。私自身もこの3年間演劇から離れていました。
でも、奇跡的に間近で剛君の演技を観られて、情熱が蘇りました。
やっぱり演劇についてきちんと勉強したい。
草彅剛さんを主役に選んでくださった白井晃さんのお芝居を観たいし、
今回の脚本家エンダ・ウォルシュさんの他の作品も全部観たい。
心震える演劇とは何か、自分の生をかけて研究してみたい。

舞台人草彅剛の復活を目撃して、
私自身の輝く「12秒の生」を思いきり考えたし、スイッチが入りました。
剛君、舞台公演おめでとうございます。
そして、情熱を届けてくれてありがとうございました。


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